良き習慣
色々な良い習慣を身につける事は大切です。特にご神仏への礼拝やご先祖様の供養、これを習慣にする事です。この習慣が身につくと拝まなかった日は、何か忘れ物をした様に落ち着かなくなります。身につくまでに拝んだり拝まなかったりすると、人間は本来怠け者なので、悪い癖がついてしまいます。
御神仏はそれを見られて神仏も人々を守ったり守らなかったりする事にしよう、とおっしゃいます。昔の実話ですが大名行列が有った頃、殿様がカゴに乗って居られて、ふと外を見ると親を背負っている息子さんが居ました。カゴを止めてお伴の人に「あれは誰だ?」と聞きました。すると「この村で一番の親孝行の息子です」と答えました。「親が大名行列をどうしても見たい、と言うので見せに来た様です」殿様は大変感心して「その者に褒美を取らせるから、明日城に出向かせる様に伝えよ」と言いました。お伴の人はすぐにその事を伝えると親子とも大変喜びました。お殿様に褒美を頂ける事など、一生に一度あるかないかの事なので、翌朝お城に出向き褒美を頂きました。その噂はたちまち村中に流れ、それを聞いた親不孝者が、寝たいと言う親を無理やりにおぶって、行列を待ちました。すると又殿様が見掛けて先日と同じ様にお伴に聞くと「あの者は村一番の親不孝者です」と答えました。殿様は「そうか、褒美を取らせるから城に出向く様に伝えよ」お伴の方はお殿様が聞こえなかったと思い、もう一度大きな声で「村一番の親不孝者ですよ。あれ以上の親不孝者は見た事が無い」殿様はそれを聞いたにも関わらず「構わん、褒美を取らせよ」と言ったのです。家来はいくら考えても判らないが、殿の仰せの通りしました。後で「何故あの様な親不孝者に褒美を取らせたのですか?しかも親孝行の者と全く同じ褒美を取らせたのは何故ですか?」「その親不孝者は嘘でも1日親孝行した。本当の親孝行する事を期待して褒美を取らせたのじゃ」これがお殿様の答えでした。村一番の親不孝者が褒美を頂いた事は村中の人達が知っています。皆その息子の行動を監視する様になりました。親不孝な息子は親孝行をせずには居れなくなったのです。「嘘から出た真」のことわざ通りになったのです。
信仰も同じです。弘法大師様が『信仰は理論から入るより、まず形から入るが良い』と説かれました。毎日形だけでも拝んでいる内に癖になり、拝まないと何か一日落ち着かない様になります。勉強もこの様に毎日少しずつでも必ずやると癖になって、少しの時間でも勉強机に向かう様になります。しかし気を付けなければならないのは、人間はこの逆もすぐ慣れるものです。そうならない様に自分自身でしっかり戒める事が大事です。
合掌