真の幸せ

 以前「神々の詩」と言うテレビ番組で、アフリカのサハラ砂漠で暮らしている人々のお話を見ました。暑い国ですがクーラーなど無い所なので家の中もとても暑く、一日二時間しか家の中に居られないそうで、夜は砂漠に家族がずらっと並んで寝るそうです。お母さんは朝起きると、小さな子供の目や口などに付いた砂を払い除け、家の周りの砂を掃きます。毎日掃かないと家が砂に埋もれてしまい、目の中に細かい砂が入って、そのまま擦ってしまう為に、全盲の子供が多いそうです。
 毎週金曜日には必ず家族で遠方にあるお墓参りに行き、砂で埋もれている中から自分の先祖のお墓を探して、綺麗に砂を取り除き、全員で拝みます。学校が無いので、お父さんが子供達に字を教えるのですが、ご先祖様やご神仏の礼拝の仕方や念仏、お経の読み方などを教えて、その他の文字は教えません。

 子供が十才ぐらいになると、往復二時間かかる所へ毎日水を汲みに行きます。その大切な水は、夕方丘に沈んで行く太陽に向かって拝み、砂に口づけをして、お父さんが小さな器に水を入れて口をすすぎ、顔を洗い、頭にかけて手足を洗い、子供達がそれに続くのです。
 日本人は信仰をしていても少し悪い事があると、功徳が無いと言って、すぐ信仰をやめてしまいます。その人達を見ていると何一つ楽しみもありませんが、毎日の感謝と明日への事を祈り、毎週お墓参りに行き、家族は父親を尊敬しているのです。

 この番組を見た後に弘法大師様にお話をしたところ『この大宇宙の中で祈る事が出来るのは人間だけなのにもかかわらず人々は祈ろうとしない。ましてや幸せ度が高い者ほど祈らない。人間は深い所で輪廻転生している事を知らなければならない』と説かれました。「深い所で輪廻転生とは、どの様な事ですか?」とお尋ねすると『何の楽しみも無い人達が一生懸命拝んでいるのに、日本に生まれただけでも、相当な功徳を持って生まれて来ている事を知るべきである。今信仰しなければ必ず何も楽しみの無い所で感謝をし、礼拝をしなければならない人生が来るであろう。人間の基本を教える所へ引き戻される。それでも拝まなければ次の世は動物になるであろう。』と説かれました。
 サハラ砂漠の人達が幸せを感じるのはどんな時かと聞くと、「風の無い日が一番幸せだ。砂が飛んで来ないし穏やかに眠る事が出来る」と言いました。それに比べると、日本人は過分に幸せを頂いているのに、不満ばかりを言っています。
 『人間は幸せを与え過ぎて幸せの中に入り過ぎると、真の幸せを見つける事が出来ない。どれ程自分達が幸せであるかを考えてみるがよい』と御神仏はおっしゃいました。来世で動物にならない様に、感謝の心を忘れない様に致しましょう。

合掌