当たり前の事

 毎年2月の鳴動式は節分過ぎですが、今年は丁度節分の日に当りました。御神仏は節分を特に年の初めとし、大事な日と考えておられます。昨年までに棲みついた心の中の鬼を退治し、新たな気持ちで一年を過ごすことが大事です。心の中の鬼を追い出すにはどうすれば良いか?一番確実な方法は昨年より更に信仰を深めることです。信仰を深めることにより、魂が浄化され鬼が住みにくくなるからです。鬼の居心地が良い世界とは、鬼の考えに直ぐ同化することです。お参りに行かずに遊びに行こう、家でゴロゴロしていよう、この様に欲の塊と化した鬼に、自分の心が負けない様にすることを、常に心掛けて生活をする癖をつけることが大切です。その癖が自分で意識しなくても出来る様になったら、鬼は居心地が悪くなり自然に出て行きます。

 信仰は目に見えないものですから、あの世があるとか、神様は居られるのだと言う話を人に言っても、説明出来ないことがあります。信仰心の無い人は「神仏を拝む人は余程不幸な人で、藁をも掴む様な気持ちでただすがっているだけ」とか、「年を取って時間が余ったら暇潰しにします」と言われますが、信仰は暇潰しでする程いい加減な気持ちが通じる世界ではありません。信仰に年齢は関係ありません。私は三十三才の厄年の時に初めて信仰に触れたのですが、子供の時に良い環境の所に生まれていたら、子供の頃から信仰に触れていたのではないか、そうすれば今世でもっと解脱に近づく修行が出来たのではないかと思います。オギャーと生まれた赤ちゃんでも魂は大人なので、生まれた瞬間から信仰がある環境を作ってあげる事が親の責任なのです。お正月にはお寺に初詣に行こう、あるいは小学校に入学したから、神様に御報告に行こうと折に触れてお寺に連れて行く様にしていれば、子供も自然に手を合わす様になります。手を合わす子供と、手を合わさない子供では人生に雲泥の差が出て来ます。しかし多くの人に「幸せとはどう言うものだと思っていますか?」と聞くと、「大きな家に住めて、欲しい物が買えて、遊びたい時に思いきり遊べることが幸せです」と殆どの人が答えます。でもそれは幸せのほんの一部にすぎず、海に浮かんでいる氷山の一角の様な物で、それを幸せの全てだと思っています。しかし氷山は海面から見えていない下の方が多きいので、大きい獲物を逃している様な物なのです。その見えない部分がとても大切だと言うことを、しっかりと自覚して頂きたいのです。目に見える幸せだけを追い掛けている人が非常に多いのですが、それはあの世に持って行けない、この世で消耗する幻の幸せなのです。あの世に持って行ける幸せ貯金を、出来るだけ多く積み立てる努力をすることが、結果として心の中の鬼を追い出す役目をしてくれます。

合掌