宗教
宗教とは、「宗の教え」と書きます。「宗」とは、主なるもの、根本となるものという意味であります。つまり宗教とは、人間が生きていく上で最も根本となる教えであり、人生の道しるべとなるものです。現代には実にさまざまな教えや価値観があります。その中で、人生の根本となる教えをどのように受け止め、何を拠り所として生きるかは、大変大切なことです。根本を誤れば、人生の歩みも横道にそれてしまいます。反対に、たとえ正しい
教えを聞いたとしても、それを自分のものとして実践しなければ、やはり人生は本来の道から外れてしまうことがあります。
人が幸せに生きるためには、健康、生活環境、そしてある程度の金運も必要でありましょう。健康であること。家族が仲良く一つ屋根の下に集まれること。近所の方々と和やかに過ごせること。仕事関係の人たちとの和合が保たれること。そして、住んでいる国が平和であること。金運についても、贅沢はできなくとも、衣食住に困らないだけの生活が保たれることは大切です。しかし世の中には、健康で、環境にも恵まれ、お金にも不自由せず、傍目には何一つ不足なく暮らしているように見える人であっても、絶えず不平不満を口にしている方がおられます。そのような人は、本当の意味で幸せとは言えないのではないでしょうか。では、何が足りないのでしょうか。それは安心感です。心安らかに暮らすことができなければ、他の条件がいくら揃っていても、人は真の幸福を感じることができません。その安心を得るためには、どのような心構えが必要なのか。それを教えるのが宗教であると、私は考えています。世の中には「私は無宗教です」と言われる方も多くおられます。しかし私は、人生の根本となる教えや信仰を持たずして、真の安心と幸福を得ることは難しいと考えています。人は誰しも、何かを拠り所として生きています。その拠り所が何であるかによって、人生の方向は大きく変わっていくのです。
ここで、ある御先祖様からのメッセージを御紹介いたします。唐草模様の風呂敷を背に、大きなおにぎりを片手に歩いているおばあさんがおられました。その方は、次のように語られました。「私は、誰にも迷惑を掛けず、真面目に働いてきました。自分では、それで正しい人生を送ってきたと思っておりました。しかし霊界に来て、自らの人生を振り返った時、それだけでは十分ではなかったのだと初めて気付かされました。人間として生を受けたならば、人様のために役立つ人間にならなければなりません。また、御先祖様への供養はもちろんのこと、御神仏に礼拝し、感謝する心を持つことが大切であります。それらを怠りながら、『私は誰にも迷惑を掛けていない』という考えだけで人生を過ごしてきたことを、今は深く反省しております。」このようなメッセージでありました。
人は、自分一人の力だけで生きているのではありません。御先祖様から命をいただき、多くの人に支えられ、天地自然の恵みを受け、そして御神仏の御加護の中で生かされています。そのことに気付き、感謝の心を持つことが、安心と幸福への大切な道であります。
幸せになるためには、正しい先祖供養と御神仏への礼拝の仕方を今一度見つめ直すことが大切です。また、仏壇、墓、神棚、社などが正しくお祀りされているかどうかも、改めて確認していただきたいと思います。当山では、姓や家系の異なる御先祖様を同じ仏壇でお祀りすることは勧めておりません。それぞれの家には、それぞれの歴史と因縁があります。
宗派や家の流れの異なる御先祖様を一つの仏壇でお祀りすることは、御先祖様にとっても落ち着かない状態となると考えるからです。各家の御先祖様を、それぞれ丁寧にお祀りすること。それが先祖を敬い、家を整え、心を整えることにつながります。どうか今一度、日々の暮らしの中で、御先祖様への感謝、御神仏への礼拝、そして人様のために尽くす心を大切にしていただきたいと思います。
合掌