無心(2021年1月)

明けましておめでとうございます。昨年中は色々ご協力頂きまして有難うございます。諸行無常という言葉があります。諸々の行いは常ではない。悩まされ続けているコロナも、必ず収束する日がやってきます。この状況を試練として、乗り越えなくてはいけません。次々と試練は訪れます。これを考えると私達は、物事に執着している時間がもったいないと感じます。色々な事柄にこだわらない心を持ちながら、一日一日を大切に暮らしたいと思います。

例えば岩山を登り、世界の山を制覇するロッククライマーを、医学的な見地から見ておられる方のお話では、ロッククライマーの方が山を登る時に人間は、135の筋肉を駆使して登るのですが、岩の状態を見た瞬間に、次はどちらの手足を、どのような角度で、どこまで伸ばしたら良いかと一々考えなくても、自然に手足が動くそうです。もちろん、それは努力と修練を積み重ねているからです。簡単なところで、私達が下に落ちた物を拾う時に一々脳に命令しなくても自然に腰を曲げて手を伸ばして物を拾い上げます。

日頃の修練を怠らず、自分の考えではなく無心になると、困難も克服出来ることがあります。それは少し信仰に似ていると思います。瞑想していると初めは様々な雑念が浮かびますが、ある時、ご神仏と一体となる瞬間が解ります。それは自分が意識するのではなく、無心になっていれば自然にご神仏と一心同体になっているのです。もちろん信仰の深さによるものだと思います。ロッククライマーの方も一生懸命修練していると、自然に手足が動くそうです。何の役にも立たない自我や執着を取り除き、素直な気持ちで御神仏にお任せして、自分なりに努力する事が肝心です。次々と起こる災難は、自分自身の悪因縁を取り除く為の行為です。苦しみは次のステップに進む為の自分で越えなければならないハードルです。ご神仏のお光は皆平等に頂けますが、お光をしっかり受ける様な心である必要があります。自分の心が受けられる状態になっているかどうか、絶えず自分をみつめることが大事です。災難に遭遇した時は、悪因縁を取り除くチャンスだと思って、少しでも早く解決策を講じて、前向きな考えで困難に立ち向かっていきましょう。今年も心の故郷として聖法院のご神仏を信じお参り下さい。今年もよろしくお願い致します。合掌