新年挨拶(2020年1月)

明けましておめでとうございます。昨年は色々ご協力頂きまして真に有難うございます。お蔭様で無事に令和初の新年を迎えることが出来ました。また干支も一番の子年から始まりますので、いつもより気持ちを新たに過ごしていただきたいと思います。

現代社会は困難だと感じる事が多くありますが、何事も直ぐに投げ出さず、まず自分自身で出来ることを精一杯、鼠のようにコツコツと努力することが肝心です。その努力によって必ず明るい道が開けます。自分の力を信じ、正しい道を歩む為に、ご神仏の教えをしっかりと身に付けてください。日々の努力を重ねていても、窮地に立つこともあります。そんな時は「窮鼠猫を噛む」の言葉の様に日頃の努力を信じ、その力を一瞬に集約して危機を脱出して、幸せな日々を過ごしてください。

大晦日、除夜の鐘をつき、昨年の感謝と今年の祈りを込めて法要を致しました。除夜というのは、夜を除くと書きますが、これは昨年までの嫌なことや悪いことを除く、夜の暗闇を除くという意味もあります。人間は108の煩悩を持っていると言われていますが、それを取り除きながら、希望に輝く明るい年を迎えるという意味があります。

毎年元旦から三日までゴマ供養を修法致しますが、今迄色々な説法を頂いた中で、お不動様が人間にとって特に大事だと思われるお話を再度お聞き致しました。『人生の中で自分にとって不都合な事や嫌な事、マイナスな物事に出遭った時の対処法や考え方が、人間を成長させる。一番駄目なことはそれらに出遭った時、何も対処せずにただ落ち込む人間は成長を望むことは困難である。むしろマイナスの点を上手く活かせば、心の肥料となる。信仰とはしっかりと自分を見つめ、深く掘り下げて自分の仏に出逢うことであり、最悪は途中で心中の鬼に出遭い、信仰も辞めてしまうことである。もちろん心中の鬼は、自分自身の迷いや疑いの心である』と説かれました。仕事場での人間関係や、友人知人、親戚同士の関わり、色々な問題があると思います。自分の心に小さなかげりがある場合は、どんな事でも聖法院にご相談頂き、今年は一点の心のかげりもなくし、昨年よりも自分の魂の向上を目指して頂きたいと思います。人生の困難が、自身を成長させる糧となり、心中の仏に遭うための方法であることを意識し、困難をある意味楽しんでいただき、不動の心、ゆるぎない信仰を持って日々を過ごしてください。自分自身の人間向上、人間創り、人々は究極の環境に立たされると、自分が一番可愛いものです。この様に愛している自分を幸せにしたいと思ったら、心に傷を残さないことです。それが幸せへの一番近道です。一口に信仰と言っても心の持ち方など色々な疑問があると思いますが、今年も聖法院を心の故郷として、悩み事がある時はもちろん、良いことをご神仏にご報告をする時も、どんな時でも気軽にお参りして下さい。今年も宜しくお願い致します。

合掌