真の幸せ(2019年4月)

 今年もご神仏のご加護と皆様方の御協力のお蔭で、平成最後の春季大祭を無事に迎えられました事を心から感謝致します。四月はお釈迦様の生誕月です。お祝いと感謝を込めて、お釈迦様に甘茶を掛けてお参りして下さい。

 お釈迦様の弟子で宝間比丘(ほうげんびく)と言う方が、「私は今から修行に入りますので、一番大切な注意事をお聞かせください」とお釈迦様におたずねしました。するとお釈迦様は、『そなたは盗むこと勿れ。それだけを考えていれば、後は何も気にしなくて良い』とおっしゃいました。宝間比丘は、私は盗みなど、一度もした事は無いのだが、と修行をしながら考えました。数カ月経って、ある時ふと、「私は大きな盗みをしていたのだ」と気付きました。それは自分を盗んでいると言う事なのです。自分の身体や財産は大日如来様からお借りしている物なのに、皆自分の物だと思っているから、皆が罪人なのです。だからそれを懺悔する為にだけでも、毎日礼拝しなければいけません。

 信仰に付いての考え方は様々です。ある会社でインドの方が働いていて、毎日良く働いていたので、給料を2倍にしてあげました。すると、次の日から1日おきにしか、会社へ来なくなりました。インドの人は前の給料でなんとか食べていけるので、1ヶ月の内の半分を働いて、半分は自分自身の人間を向上させる為に信仰の時間に使いました。日本の人は、2倍の給料を貰っても毎日働くし、信仰よりも仕事を優先します。日本は経済大国になりましたが、多財餓鬼になりつつあり、「お金は持っているけれど、もっとたくさん欲しい」と、どんどんお金を稼ごうとします。それは人間的な精神を向上する時間を無くしているのです。一生懸命働いてお金は残っても、死んだ後にお金は役に立ちません。『死んだ後に自分が持って行けない物はつまらない物だ』とお釈迦様は説いておられます。

 テレビで放映されていたネパールの子供達は、「他人の為に役立つ勉強をしたい」と何を聞いても「人の為に」と言います。「皆そう言う考えなの?」と聞くと、「そうです。そうでなければ、学校へ行かせて貰えません」と答えていました。それに比べて全員とは言えませんが、日本の親達は子供に「頼むからせめて高等学校は卒業して欲しい」と言います。「日本の子供達も少し学んでほしいな」と感じましたし、そんな環境の中で育てる子供達が悪いのではなく、大人が自分達の大切な宝物の育て方を考えるべきかもしれません。貧しいインドやネパールの人か日本の人か、どちらが真の幸せなのか考えさせられます。午後からは先祖様が楽しみにしておられる施食会です。一人でも多くのご先祖様に食を施したいと思います。宜しくお願い致します。

合掌