念仏と御真言(2017年10月)

 御神仏からのお言葉で忘れてはならない事は、御神仏は私達に本来の人間の魂に立ち戻ってほしいと願われている事です。心と魂は別々です。心は裏腹になったり、嘘をついたりと自分自身の心を見る事が出来ますが、魂は心の奥深くにあり大変清らかなものです。
 お参りに来られた方が「念仏や御真言を唱えたら何か良い事がありますか?」と質問されました。良い事は必ずありますが、今日唱えたからといって、明日から良くなる訳ではありません。信仰されている皆様にちょっと御真言を唱えて下さいと言うと、「南無阿弥陀仏」など、どんな念仏や御真言でも心から素直に唱える事が出来ると思います。
 ところが全く信仰されていない方に、一度「南無阿弥陀仏」を唱えてみて下さいと言うと、「そんなの個人の勝手で、今唱えたくない」などとおっしゃいます。「少しだけその気を起こして唱えてみてくれません?」と言うと、「唱えられません」とおっしゃいます。その時の御神仏のお答えは「その者は、唱えないのではなくて、唱えられないのだ」
 この意味がお解かりですか?この世に皆さんが生まれて来る時に、御神仏が願いをかけておられます。しかし素直に唱えられない方は、願いをかけられていないのです。御神仏から願いをかけられない人間になってはいけません。

 この世で素直に出来ないと、あの世へ帰った時、もっと厳しい修行が待ち受けています。それだけではなく、来世生まれ変わった時に、今よりもずっと精神的に苦しい生活になります。御神仏が幸せになれよ、と願うのは『金持ちになれよ』と言う意味ではなく、精神的に向上し、本来の人間に立ち戻りなさいと言う事です。それにはどうすれば良いでしょうか?
 各人修行の方法は違います。形だけではなく、心も浄化して行く事が修行です。どんなに苦しくても不平不満を言わない事です。それらの苦しみはこの世に生を受けた時から私も含めて皆様に課せられた事ですから。御神仏は私達全員の願い事を全部叶えてやりたいというお気持ちですが、逆に、それが修行の妨げになる事も良くご存知です。

 例えば親が子供を育てる時に、子供の言いなりに全てを叶えて上げる事が、本当に子供の将来にプラスになるでしょうか?子供を育てる親と同じで、御神仏は心から私達の事を思い、時には厳しくなさいます。
 この世に生を受けただけでも充分感謝し、その表現としても念仏や御真言を唱える価値があるのです。拝んだら何かしてくれますか?と言う御神仏との取引的な考えは大きな間違いです。

合掌